滑らかでぬくもりを感じる肌触り、たんすへ押し込むときに感じる空気、どこを見ても美しい木目。加茂桐簞笥は200年以上にわたり、人々の生活の中に存在するものでした。
しかし、生活様式の変化により、桐たんすを購入する人が減少。それでも伝統的な桐たんすを残しながらも、新しい桐たんすを模索し続ける必要がある。それが全国の高級桐たんす生産量の約7割を担う、新潟県加茂市で活動する「加茂簞笥協同組合」です。
一家に一棹桐箪笥を所有することが一般的ではなくなりつつある今。
桐たんすの優位性や新たな簞笥、可能性が広がっている桐小物について知ってもらおうと、2021年11月5日〜7日で加茂桐簞笥まつりが開催されました。
全国生産約7割の産地で開催される、「加茂桐簞笥まつり」
毎年10月〜11月の金土日に新潟県加茂市の「産業センター」で開催される、加茂桐簞笥まつり。桐たんすの販売を中心に桐たんす作りのワークショップや工場巡り、カンナ削り大会など、年ごとに異なる催し物を用意しています。
県内外から来場者が訪れる、年に一度のお祭り
1993年から始まったこのイベントも今年で20回目。年に一度、加茂市内の桐たんすが一堂に集まる機会とあって、毎年県内外から多くの来場者が訪れています。
販売主体から、参加型のイベントへ
加茂桐簞笥まつりを始めた当初から続けてきた産直販売会と桐たんす作りのワークショップ。しかし、2020年は新型コロナウイルス感染症の関係でワークショップを中止の決断をせざるを得ませんでした。
代わりに始めたのが、各工場を見学できる「加茂桐簞笥屋めぐり」。これがかなり好評で、「初めて桐たんす工房に入った」「工程を見れて面白かった」との声が多数。2021年も開催することにしました。加えて今年は、桐たんす職人の技術のすごさを体感してもらおうとカンナで木材を削る量を競い合う「みんなでカンナ削り大会」も開催。産直販売会と合わせて、2021年11月5日〜7日の3日間で開催されました。
会場となったのは、加茂市内にある産業センターと、工場を開放した5箇所。まずは、産業センターで開催された産直販売会とみんなでカンナ削り大会からレポートしていきます。
産直販売会では、東京や長野など、県外からのお客様もたくさん。桐たんす・桐小物のともに順調に売れていっていました。桐たんすを検討している人は、いくつか見比べた後に職人に声を掛け、相談。決して小さな買い物ではないからこそ、職人側も来場者の疑問に一つひとつ答えながら丁寧に対応していました。
その様子を見ていると、「みんなでカンナ削り大会」が始まるアナウンスが。事前に予約した人、何が始まるんだ?と気になる人が集まっていきます。
「加茂桐簞笥の70%はカンナがけで出来ている」と言われるほど、重要なカンナ削り。どんな作業なのかを実際に体感してもらうことで、桐簞笥を身近に感じてもらおうと企画されました。
11時〜、13時〜、15時〜の各日3回で開催されたカンナ削り大会。事前に予約してきた方もいらっしゃれば、その場で声をかけて面白そう!と参加してくれた方など、計39名もの方が参加してくれました。
まずは理事長からカンナの使い方についてレクチャーを受け、練習をした後、3分間必死にカンナ削り!見た目以上に体力のいる作業で、3分間スピードを落とさずに削り続けられる人は稀。カンナ削りの難しさ、職人の大変さを理解する時間となりました。
参加した方に話を聞いてみると「難しくて全然できなかったけど、楽しかった」「初めてだったけど、なんとか最後までできてよかった」などのコメントが。職人の凄さ、桐箪笥の製造工程の一部を体感できたのではないでしょうか。
いざ、職人が生きる世界へ。「桐たんす屋巡り」
加茂市内の工場をめぐって、生の現場を知る「桐たんす屋巡り」。通常、土日はおやすみの工場が多いのですが、この日は職人さんが案内してくれる特別な日です。普段なかなか触れ合うことのない職人さんから、桐たんすの製造工程やそれぞれの会社の特徴についてうかがってきました。
最初に訪れたのは、田上町にある「桐の蔵」。昔ながらの桐たんすを製作しながら、古くなったたんすを新しい姿に蘇らせるオーダーメイドのリメイクにも対応している企業です。
桐の蔵の社長は、加茂簞笥協同組合の現理事長である桑原さん。古い桐たんすの再生を始めたきっかけは、桑原さんがゴミ収集の日に捨てられているたんすを見たことでした。このように桐たんすを捨てられないためにはどうすればいいかを考えた結果、辿り着いたのが、リメイクでした。
桐たんすは、いくつかのパーツで分かれたもの。これらを1つだけ残したり、2つ組み合わせて、修理。時には斬新な色を塗装し、お客様のもとへお渡ししているそうです。
次に訪れたのは、加茂市内にある「和好桐工房」。「遊び心ある、洋間にも合う今風の桐簞笥を」をコンセプトに今までに見たことのないような桐たんすを製作しています。
和好桐工房を運営しているのは、伝統工芸士の三本和好さん。独立することが珍しい業界ですが、三本さんは45歳で独立し、以来、20年以上一人で桐たんすを製作し続けています。
そんな三本さんがつくるのは、斬新なデザイン・形状のものばかり。伝統的な桐たんすから脱却し、木目すら取り入れてデザインにしたり、漆と掛け合わせたりと、新たな商品を生み出しています。
最後に訪れたのは、同じく加茂市内にある明治20年に創業した「鈴木石太郎タンス店」。130年以上の歴史を持つ、現存する事業所では市内でもっとも古くからある桐簞笥屋です。
伝統工芸士の兄と、新たなアイデアで次々に新商品を生み出す弟、この2人だけで運営しているのが、「鈴木石太郎タンス店」です。伝統的な桐たんすづくりと、桐を身近に感じてもらえるようにと桐小物を製作。特に桐のスマートフォンエコスピーカーは柔らかな音が広がると人気なのだとか。他のお店とコラボしたり、新幹線の記念品を請け負ったりと、桐小物を中心に新たな販路にもつながっているそうです。
購入の前にファンを増やす取り組みを
前述したようにこの企画を運営しているのは、「加茂簞笥協同組合」。現理事長である、桐の蔵桑原さんにお話をうかがってきました。
加茂桐簞笥まつりが始まったのは、1993年。桐たんすのまちとしてお祭り感覚でイベントをしようと今の社長たちの親の代が一丸となって始めたものでした。まだ桐たんすの需要は落ちておらず、むしろ好調のころ。直販をしている工場も少なかったことから、新たな機運の始まりとして注目されていきました。
時を経て、2019年。桑原さんが理事長に就任したころには、桐たんすの需要は激減。加茂桐簞笥まつりを開催するにしろ、どんな内容でやればいいのか、どうしたら桐たんすを身近に感じてもらえるのか、分からないことだらけでした。
「もう桐たんすを販売して、ワークショップをするだけでは限界が来ていて。五泉ニットフェスに視察に行ったりして、どうしたら楽しんでもらえるイベントができるかを模索している時期でした」
他産地の視察を繰り返すことで、「ファンを増やす」ことを目的に桐たんす祭りを再構築。2020年には、五泉や燕三条のオープンファクトリーを参考に桐たんす屋巡りを開催しました。そして、もっと桐たんすを身近に感じてもらうにはと考え、2021年にカンナ削りを開催することとなったのです。
「組合にとって加茂桐簞笥まつりは一年で最も重要なイベントです。桐たんすの需要が少なくなったとはいえ、今でも本物の桐たんすが欲しいと考えている人はたくさんいます。そうした人がいろんな加茂桐簞笥を見ながら、直接職人の話を聞いて検討できるのが、加茂桐簞笥まつりです。こうした人を大切にしながら、新しいファンも獲得していく。両輪を大事にしながら、来年以降も新しい企画をどんどんPRしていきたいです」
桐たんすのまち・加茂。需要が少なくなったとはいえ、今でも全国のほとんどの桐たんすは加茂でつくられている事実は変わりません。伝統的な桐たんすの製作をつづけながらも、新しくリデザインされた桐たんすや、今まで見たことのない桐たんす、若い人も手に取りやすい小物など、新しい品物は生み出され続けています。そんな加茂桐簞笥が、今後どんな世界をつくっていくのか。その未来が楽しくなる時間でした。